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10分も歩いたろうか、駅前の喧騒から少し離れた静かな路地で足を止めた。 古い建物が数件並んでいる、ほっと落ち着ける路地だ。 家並み向こうに高層ビルが整列して見える。 住宅だろう、古いがよく手入れされた建築に目が留まった、窓にはステンドグラスがおさまっている。 注意して見なければ見過ごしてしまいそうなそのステンドグラスはかなり古い、昭和の初期のものだろう。 それはその建築にごく自然に存在している。 永い何月の流れをここからこの路地を、この街をやさしく見てきたのだろう。決して華やかではない、むしろ控えめですらあるそのステンドグラスは確かな存在感とともにそこに在る。 ステンドグラスと建築、そしてそこに住まう人の信頼感がそこはかとなく感じられる。 それがこのステンドグラスが数十年の永い時を超えて残っている理由のひとつなのかもしれない。 そしてステンドグラスは、街並みに溶け込んでいきあたりまえのような風景の一部になる、何年もの歳月を経て。 古いものが良いと一面的なことを言うつもりはない、残る必然を信じたい。 ステンドグラスを生業としている以上、これからの新しい時代に新しいステンドグラスを残していかなければならない。 気恥ずかしいが使命感に似た思いがこみ上げてくる。 気負うことなく淡々と創りつずけよう。 そして数十年後に古い路地の古い家に自分の創ったステンドグラスが静かだが確かな主張をしている。 デコあさみは提案します、ステンドグラスのある風景。 コラム目次に戻る |